もっと知りたい美山町のこと「京都美山 もてなしの心」

第一回 枕川楼(ちんせんろう)

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インタビューの撮影のため、床の間を背景にとお願いしたところ、「そこは上座なのでお客様のお席です」と旅館の女将としての凜とした姿勢が印象的な長野綾子さんは、30年前に京都府南部から美山町に嫁いでこられました。今ではすっかり美山人として落ち着いた雰囲気でいらっしゃいますが、かつては海外のロックアーティストのコンサートにも足繁く通うほどの音楽好きだったそうです。

たいへん歴史のある旅館ということですが

昭和32年頃の玄関風景
昭和32年頃の玄関風景

そうですね、現在は三代目となります。
もともとこのあたりは、林業が盛んな地域で、川から材木を揚げる場所であったり、京都への街道の行商人の通過場所であったことから、しぜんと人が集う宿場のようになっていったと聞いています。最初は旅館というものではなく、寄り合ってお酒を酌み交わすような形から始まったそうです。二代目になってから料理旅館としての形が整いました。
今の三代目は長兄ではないため、当初旅館を継ぐつもりは無かったようなのですが、他の兄弟が旅館を継がない事を知ったときに、この歴史を途切れさせてはいけないと跡を継ぐ決心をしたようです。
おかげさまで三代続いているこの旅館に、お父様の代から世代をこえておつきあいさせていただいているお客様も沢山いらっしゃいます。もうそうなると、旅館と宿泊客というより、家族の絆のようなものも感じております。

今は、二人の娘さんもご一緒にお宿を切り盛りされていらっしゃいますね

はい。彼女たちはこの旅館に、いろいろな新しい考え方や手法を取り入れてくれていまして、例えばインターネットなどの方面に疎いわたしなどは、大変心強く思っています(笑)。

ずっとご一緒だったんですか

長女はもともとこの旅館で働きたいということで、外での修行を経て今に至ります。次女はフランス料理の道に進みたいと一旦外へ出て行ったのですが、数年前に「いっしょに枕川楼をやりたい」と戻ってきてくれました。
彼女はきっと、日々都会で生活していく中で、ふるさと美山町の自然や文化に対しての思いを強くしたのだと思っています。


枕川楼がある中地区より上流の美山川。

たしかに美山町は関西圏、それも大都市に比較的近い田舎町としては、独特の雰囲気のある町ですね

はい。美山町は今でこそ少し便利になりましたが、もともとアクセスも良くなかったり、数年前までは携帯電話も通じないなど、ある意味不便でしたが、そのかわりに、ここに来たら都会の喧噪から解放されると、好んで美山町にお越しになるお客様も大勢いらっしゃいます。(※現在は、町内全域ドコモの圏内になっている。他は順次拡大中)
美山の住民は、ここの自然が好きで、特に川を大切にしていますので水質の変わるおそれのある温泉の開発も自主的に行わないようにしているほどです。
そんなこともあり、独特の雰囲気と今の日本には数少なくなった日本の原風景が色濃く残る町として認めていただいていると思っています。
娘たちも、子どもの頃からこの環境で育ったことが、彼女たちが今ここで住むことにつながっていると思います。